1970年代、若者文化はアングラ、長髪、ヒッピー、、
そんな言葉に代表される時代で、
宇都宮もその時代の波の中にあった。
八幡山公園の使用も、今のように管理が厳しくなく、
自由な利用が許された時代であった。
芝生広場では、各地をテントで活動するスタイルの劇団、
唐十郎率いる「紅テント状況劇場」が公演していた。
夜が始まる頃、観客はテント内の芝生に腰を下ろし、
ステージを囲んで、膝を抱えて芝居が始まるのを待つ。
役者の一人は若き根津甚八だった記憶がある。
観客は芸術家や陶芸家の卵など、
前衛に興味のある若者ばかりであった。
内容は忘れたが不条理の世界を描いた芝居で、
クライマックスを迎えた時、突然背面のテントが開き
松明が点々と灯る芝生を、闇に向かって
役者が走り去って行く劇的な幕切れだった。
空間に突然奥行きが現れる、実に衝撃的な空間体験だった。
血湧き肉躍る青春の一コマであった。
最近、体育館あるいは演劇空間のステージバックが
ガラスや大扉で大きく開く形式で作られているが
実はあの時代にとっくに彼らが行っていた。
(もっとも遙か昔、ちょんまげの時代の芝居小屋も
同様の演出があったのではないかと思うのだが・・。)